StyleNorwayWebMagazine 【スタイルノルウェー】

中村孝則

Takanori Nakamura


コラムニスト。1964年葉山生まれ。
ファションやグルメ、旅やワイン&リカーなど、
「ラグジュアリー・ライフ」をテーマに、
新聞や雑誌、TVで活躍中。
自著『名店レシピの巡礼修業
作ってわかった、あの味のヒミツ』発売中。
http://www.takanori-nakamura.com

中村孝則

北極圏の中にある世界最北のビール工場では、朝9時から出来たての生ビールを10種類ほど堪能できる。筆者もその旨さに思わずおかわり。

「朝マック」といっても、ここはマクドナルドではない。ノルウェー最北部の街、トロムソにあるマック(mack)ビールの醸造所に併設されたビアホールである。ご覧のように、このビアホールでは醸造所で出来立ての生ビールを愉しむことができるのだが、なんと日曜日を除いて朝の9時から営業をしている。トロムソの緯度は69度67分。街全体が北極圏内に位置している。しかも、僕が訪ねた12月は陽が全く昇らない、いわゆる極夜の時期で街からちょっと内陸へ行くとマイナス50℃くらいになるという。よくもそんな極寒の地で冷たいビールなんて。作る方も酔狂なら飲む方も酔狂だねと、普通思いますよね。しかも、朝9時からという意味が分からない。まっとうなご意見です。でも実際に体験して分かったのですが、北極圏って空気が乾いているためなのか、意外にも喉が渇くんです。しかも、この時期は日中も暗いから朝9時といえども、夜の闇がずっと続いているような幻想的な気分。

この工場からノルウェー全土はもとより世界中に出荷される。

 

ビアホール内部は暖房であたたかいからビールが旨いのなんの。特に僕のオーダーしたマック・ピスルナーはここの看板ビールというだけあって、本格派のピルスナーの臈長けた味わいなのである。ぷはぁ、もう一杯。ものは試しで“朝マック”したのだが、既にお客が大勢いるのにも驚いた。聞けば、夏の時期には外にも行列が出来るそうで、世界中からビールマニアが集まりトロムソ観光の隠れた名所になっているそうだ。そのマックビールであるが、醸造所の歴史は古い。1877年にルードウイック・マルクス・マックによって設立されたという。醸造所で見せてもらった資料によると、最初に市場に出たビールは「ポートビール」と呼ばれるバイエルンビールで、1878年の憲法記念日に市場に並んだそうだ。以降、本格的なビール工場として発展し、今では看板のピルスナーをはじめ16種類以上のビールのほか、ミネラルウォーターも製造している。1928年には敷地内にビアホールが併設され、作り立ての生ビールを堪能することができる。謳い文句はもちろん世界最北の味わい。ラベルにもちゃんと、verdens nordligste bryggeri(世界最北の醸造所)と書いてある。ぜひ、いちどご賞味頂きたいと願うのである。はてさて最後に、好奇心旺盛の読者貴兄におかれては「世界最北があるのなら、世界最南のビールもあるはずだ」と思うに違いない。もちろん、存在する。それは南米最南端のフェゴ島のプンタアレナスという街にある。フェゴ島は、マゼラン海峡で南米大陸と接している火山の島だ。島はチリ領とアルゼンチン領に分割されているが、プンタアレナスはチリの最南端の街である。この街にあるオーストラル(austral)というビールの醸造所が世界最南である。実は、僕は酔狂ついでにこの醸造所も訪ねたことがある。生憎、時間が合わずビール工場内には入れなかったが、現地で出来立てのオーストラルの味わいを体験することができた。こちらの創業もマックビール同様に1896年と歴史は深く、造りも本格派だ。極点にもっとも近いふたつのビール。一度、同時に飲み比べ合いたいと企んでいる。