StyleNorwayWebMagazine 【スタイルノルウェー】

 

「シェフズ・テーブル」と題されたこのコーナーでは、
いま注目されるシェフや料理人をフォーカスし、
彼らの人気の秘密や、料理の魅力について探ります。
ただし、毎回ひとつだけリクエストをお願いすることにしました。
それは、シェフたちにノルウェーの海の素材をひとつ選んでもらい、
このマガジンのためだけに特別料理を作って頂くということです。
第4回目は、銀座にある「ESqUISSE エスキス」の
リオネル・ベカシェフにお願いしました。

文=中村孝則 text by Takanori Nakamura 写真=堀裕二 photograph by Yuji Hori

◎リオネル・ベカ(りおねる・べか)
1976年フランス、コルシカ島生まれ。
20歳を超えてから料理の世界へ入る。
1997年メゾン・トロワグロが経営するロアンヌの
ブラッスリー「ル・サントラル」に入り、ミッシェル・トロワグロと出会う。
2006年、ミッシェル・トロワグロから同年9月オープンの
フレンチレストラン「キュイジーヌ[s]ミッシェル・トロワグロ」の
ヘッドシェフに任命され、2009年4月よりエグゼクティブシェフ兼支配人となる。
2012年、東京・銀座にオープンしたレストラン「ESqUISSE エスキス」の
シェフ・エグゼクティブに就任する。

◎ESqUISSE エスキス

東京都中央区銀座5-4-6 ロイヤルクリスタル銀座9F Tel:03-5537-5580
営業時間:Lunch 12:00〜13:00(L.O.) Dinner 18:00〜20:30(L.O.)
定休日:日曜日のディナー

http://www.esquissetokyo.com

「ESqUISSE エスキス」が銀座に開店したのは2012年の初夏のこと。シェフ・エグゼクティブに抜擢されたのは「キュイジーヌ[s]ミッシェル・トロワグロ」で腕をふるったリオネル・ベカさんでした。脇を固める支配人兼シェフソムリエに「レストラン タテル ヨシノ」の元総支配人の若林英司さん、パティシエにはパリやニューヨークで研鑽を積んだ成田一世さんが就任したことも大きな話題となりました。開店当時、僕は新潮社『ENGINE』誌に、フランスの文豪アレクサンドル・デュマの名著『三銃士』のストーリーに重ねたコラムを寄稿しました。その後、エスキスは「一人は皆の為に、皆は一人の為に」という『三銃士』の台詞を引き写す様に、銀座の美食シーンにドラマを展開し続け、今年で早くも三年目を迎えます。リオネルさんの料理も“この2年で大きな進化を遂げている”と、内外での評価も高い。最近は、日本の伝統的な食材や料理法への造詣を深めたと、ご本人や周りのスタッフたちも語ります。その成果は、今回の一皿でも遺憾なく発揮されています。白眉は、ノルウェーのサーモンの調理法です。一見すると空輸された生のままのサーモンのようですが、ある素材でマリネがなされています。その素材が、長崎に自生する「ゆうこう」という、みかん科の果実で、ユズやダイダイなどと同じ香酸柑橘類です。この果実をコンフィチュールにして、マダガスカルの胡椒と塩とカソナード(赤砂糖)を加えて、生のサーモンの皮目側だけに塗って24時間つけ込んだそうです。実は、この調理法はマグロの「づけ」や、粕漬けといった日本古来の調理法からインスパイアされたとリオネルさん。「僕にとって、サーモンはノーブルな素材の典型です。その美しさや気高さを味わって欲しい」から複雑な調理をしたくなかったと言います。実際にいただくと、食感は上質な生の刺身のしっとりとした舌触りながら、味わいはまさしくカンキツのづけ。鼻に抜けるゆうこうの風味が鮮烈な印象です。しかも、皮目に見立てられたのは、ゆうこうの皮をすりおろしたもの。色合いも匂いも華やかさを増幅させます。このあたりの着目もリオネルさんらしい遊び心です。付け合わせもシンプルに、ジャガイモのスモークとホースラディッシュのエマルジョンと食用花のみ。五臓六腑も眩しい一皿なのでした。