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Essay オスロ・オペラハウスは100年後も愛され続けるか?

国際コンペから8年を擁して2008年4月12日にグランドオープンしたオペラハウス。オスロのランドマークとして、街の景観とともにオスロ市民の心象風景にも溶け込みはじめたようです。設計したのはオスロを拠点に国際的に活躍する建築設計事務所のスノーヘッタ(SNØHETTA)です。エジプトの「アレクサンドリア図書館」や、ニューヨーク世界貿易センタービル跡地のプロジェクト「グラウンドゼロ」などを手がけたことでも知られています。オスロ・オペラハウスの建築の魅力は、切立った流氷のようなダイナミックな造形――そのマクロ的な視点で語られがちですが、それ以上に素晴しいのがミクロ的な視点のディテールの緻密さです。写真をよくご覧ください。人々が歩く床(建物の天井)には、素材感のあるイタリア「カラッラ」産の大理石を選んで使っていますが、わざわざ違う形状にカットし、モザイクのように複雑に組み上げているのが見てとれると思います。石のピースの総計が3万5千に及ぶというから驚きます。日本の寺社建築や茶室あるいは庭石もそうですが、素材の質やディテールの緻密さは、視覚だけでなく肌触りや手触りや空気感といった五感に訴えます。この建築が日本人にも支持されるのは、五感に訴えるディテールの文脈が明確なこともあるのでしょう。この石組みは市民や旅行者がいつでも自由に出入りできますから、文字通り街のランドマークの好例といっていいのでしょう。
そう考えると、この2014年に取り壊し、改築が決まった神宮外苑の国立競技場の新たな設計デザイン案は、個人的にかなり違和感を感じます。新国立競技場のコンペを、英国在住で世界的な建築家、ザハ・ハディットが獲得したことはご存知の方も多いと思います。コンペの方式が不透明だったとか1700億円に及ぶ総工費うんぬんではなく、僕の五感の琴線に訴えないのです。
全体のマクロ的な造形はザハ自身のクリエーションの個性ですからそれはそれで評価するとして、問題はミクロ――ディテールの文脈がまったく見えないことです。どんな素材感でどんな空気感を積み上げるのか。ミクロ的なストーリー性をデザインで語って欲しいと思うのです。文脈という意味でさらに残念なのは、ザハの案に“神宮外苑”という施設が本来持つ文脈も、表現されていないことです。少なくとも、僕は今のザハ案に見いだすことができません。そもそも明治神宮は内苑と外苑に分かれていて、外苑はスポーツ施設群があったとしても、神宮の一部だということです。デザインに寺社建築の要素を入れよとか建築家を日本人に限定せよとは言いませんが、そうした歴史的・風土的な文脈が重視されてもよかったのでは、と思うのです。
ちなみに、オスロ・オペラハウスの劇場内部は、既存のオペラ劇場のような絢爛さはなく、全面に漆黒のチーク材が使われていてかなり個性的です。ノルウェーには中世から「スターヴ教会」という木造建築があり、現在も国内に30棟が保存されています。神に祈りを捧げるその教会内部も、松ヤニに塗られた漆黒の木造です。多くのノルウェー人が、このオペラハウスに入ると、ある種のノスタルジーや厳かな緊張感に包まれるといいますが、それは「スターヴ教会」が持つ歴史的・風土的なストーリー性に五感が引き写されるからだと言われます。
施設だけ比較して優劣をつけても意味がないですし、東京はオリンピックを控え、新たな競技場で期待値を表現したい背景もあるでしょう。しかし、建物が街の象徴として向こう100年以上愛され続けることができるかは、また別の問題なのです。

 

◎Oslo Opera House / オスロ・オペラハウス

Kirsten Flagstads Plass 1, Oslo 0150, Norway http://www.operaen.no