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その牧場があるヴォーゴー村は、ノルウェー中部の標高1000mの湖の畔にある。一番古い牛舎は16世紀というから、村の歴史はそれなりに古いのだろう。村といっても数軒の牧場があるだけの荒涼とした土地である。おもに夏の牛の放牧に利用され、冬は雪に覆われて閉ざされるという。今でも村人と牛は、夏の3カ月だけやって来て、秋になれば麓の町へと移動するそうだ。その村の牛舎のひとつが、一夏の牧場ホテルとして開業して話題になっている。ホテルの本館は二階建ての木造建築で、100年前に建てられたもの。一階部分は今でも牛の搾乳に使われ、朝夕は数十の乳牛でぎっしりだ。二階分は、本来は従業員の住処だったが、現在は客室に改装がなされている。夏の3カ月限定でホテルとして解放され、最大22名までが滞在可能だ。ノルウェーの伝統的な牧場生活が体験できるとあって人気は上々。いまでは予約をとるのが難しいほど。“牛舎に泊る”と聞けば、なんとも長閑に聞こえるだろうが、現実は結構忙しい。

ゲストは朝7時には起こされる。搾乳が朝の7時と夕方の5時と決まっているからだ。不思議なことに放牧された牛たちは、その時間きっかりに牛舎に並んでいる。聞けばお乳がパンパンで、一刻も早く絞ってもらおうと我先と列を作るのだそう。朝から階下でモウモウモウとけたたましいから、寝坊などできやしない。もっともゲストは搾乳体験もできるから、それはそれで愉しいひとときだ。なんといっても、絞り立ての牛乳が滅法旨い。北欧の山の牧草だけで育つと、こんなにもクリアな味になるのかと驚いた。朝食後は、その乳牛からつくる伝統的なセーテルチーズつくりの手伝いだ。夜はこのチーズを炭火で溶かして掬って食う。これでワインをちびちび呑むと最高だ。これもノルウェーの牧場の昔ながらの楽しみなのだそう。牛の毛皮のベッドに潜り込むと床の隙間からは、藁と牛と牧草が混じった香りが仄かにした。今夜は、ノルウェーの牛になった夢でも見るのだろうか。